この頃とくに思うことは、
「散り際、去り際こそ要(かなめ)」という言葉である。
命が生まれるときよりも、死に逝くときが要(かなめ)。
愛が生まれるときよりも、愛が消えるときが要(かなめ)。
出会いよりも、別れるときが要(かなめ)。
人間は「執着」というものを本能的に持っている。せっかく手に入れたものを
手離したくないという気持ち。手離すのを惜しいと思う気持ち。それを誰もが
少なからず持っているのである。
誰かがこう教えてくれました。
たとえば恋愛や結婚など、男女の関係で表現するとすれば・・
本当にいい男というのは、付き合っているときではなく、別れ際で決まると。
別れ際に人間性が垣間見えるから、そこがその男の本性なのだと。そう教えて
もらいました。別れ際、みっともなく責任から逃れ、なんだかんだと理屈を
こね回し、疲労と困惑ばかりを押しつけてくるようではダメだとも仰ってました。
なるほどよくわかる話だなぁ、と思わず納得です。
(女性にも同じことがいえるでしょうね。)
仕事も同じ。
一緒に夢を果たそうとパートナーを組むのは、ある意味容易いこと。早い話が
意気投合してしまえばいいだけのことですから。しかしこれも別れ際は難しい。
仕事も、いいときばかりではない。ダメなときもある。苦しいことが連続して
起きることもあるわけです。そんなとき、ふと「もう、やめようか・・」という
気持ちになる。それは正直な気持ちだから止めようもないでしょう、
もし「やめる」にしても、その去り際、散り際は軽く扱ってはいけない。物事は
「はじめる」よりも「やめる」のほうがインパクトは絶大である。理想をいえば
誰も傷つけずに、迷惑かけることなく美しく幕を下ろすことに尽きるだろう。
みっともないのは最後の最後まで自分の私利私欲が優先されることだ。これは
決してあってはならないことだし、誰も認めてくれるものではない。
こういうときに正々堂々と姿勢を貫けるか、否か。その散り際、去り際に
真の人間性が出ると私は思う。人生は一度きりのものである。どうせなら
つまらぬ遠慮などしていないで、正々堂々と生きたい。いろんなしがらみの
中に自分を置いていると、時々そのしがらみの渦に巻き込まれそうになる。
そして自分の声ではない偽物の声を口に出してしまったり、不本意な妥協を
してみたり、まったく情けないことばかりを繰り返してしまう。
正々堂々と生きること。
当たり前のことだが、常に「去り際、散り際」を意識していないと、つい
忘れがちになる心得である。
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝
「散り際、去り際こそ要(かなめ)」という言葉である。
命が生まれるときよりも、死に逝くときが要(かなめ)。
愛が生まれるときよりも、愛が消えるときが要(かなめ)。
出会いよりも、別れるときが要(かなめ)。
人間は「執着」というものを本能的に持っている。せっかく手に入れたものを
手離したくないという気持ち。手離すのを惜しいと思う気持ち。それを誰もが
少なからず持っているのである。
誰かがこう教えてくれました。
たとえば恋愛や結婚など、男女の関係で表現するとすれば・・
本当にいい男というのは、付き合っているときではなく、別れ際で決まると。
別れ際に人間性が垣間見えるから、そこがその男の本性なのだと。そう教えて
もらいました。別れ際、みっともなく責任から逃れ、なんだかんだと理屈を
こね回し、疲労と困惑ばかりを押しつけてくるようではダメだとも仰ってました。
なるほどよくわかる話だなぁ、と思わず納得です。
(女性にも同じことがいえるでしょうね。)
仕事も同じ。
一緒に夢を果たそうとパートナーを組むのは、ある意味容易いこと。早い話が
意気投合してしまえばいいだけのことですから。しかしこれも別れ際は難しい。
仕事も、いいときばかりではない。ダメなときもある。苦しいことが連続して
起きることもあるわけです。そんなとき、ふと「もう、やめようか・・」という
気持ちになる。それは正直な気持ちだから止めようもないでしょう、
もし「やめる」にしても、その去り際、散り際は軽く扱ってはいけない。物事は
「はじめる」よりも「やめる」のほうがインパクトは絶大である。理想をいえば
誰も傷つけずに、迷惑かけることなく美しく幕を下ろすことに尽きるだろう。
みっともないのは最後の最後まで自分の私利私欲が優先されることだ。これは
決してあってはならないことだし、誰も認めてくれるものではない。
こういうときに正々堂々と姿勢を貫けるか、否か。その散り際、去り際に
真の人間性が出ると私は思う。人生は一度きりのものである。どうせなら
つまらぬ遠慮などしていないで、正々堂々と生きたい。いろんなしがらみの
中に自分を置いていると、時々そのしがらみの渦に巻き込まれそうになる。
そして自分の声ではない偽物の声を口に出してしまったり、不本意な妥協を
してみたり、まったく情けないことばかりを繰り返してしまう。
正々堂々と生きること。
当たり前のことだが、常に「去り際、散り際」を意識していないと、つい
忘れがちになる心得である。
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝