私は21歳で起業し、22歳で株式会社を設立。そして23歳で会社を潰し、
25歳のときに再び起業の道を歩き、どうにか現在までに至っております。
21歳、22歳のときなんて「経営」のことを、まともに考えたことはありません。
会社とはお金儲けの場であり、そこのトップたる社長が一番偉くて威張って
当たり前、という幼稚な考えしかなかったのです。
ところが縁あって再び起業の道を歩き出し、しばらくはパートナーと二人三脚で
何とかやってこれたものを1人、2人と社員さんが増えるようになり、これは
個人事業の感覚ではダメだな・・と思うようになりました。とはいえ具体的に
どうすればいいのか、というところまでは考えつくわけもなく、ある意味、
途方に暮れていたというような感じでした。
とある日、書店のビジネス書コーナーで一冊の本を見つけました。タイトルは、
『稲盛和夫の実学 経営と会計』と刻まれています。著者は京セラ創業者の
稲盛和夫氏。ものすごく有名な経営者ですし、盛和塾の塾長として全国の経営者
たちの育成指導にも力を入れておられる非常にアグレッシブな方でもあります。
私は最初、気軽な気持ちで本を手に取りました。ページをめくると、いわゆる正論が
次から次へと書かれています。そりゃそうだ。仰るとおり。それにしても何故、
会計の素人だった著者が会計のプロ相手にそこまで突っ込めるんだろうか?等々・・
勝手なことを思いながらページをめくっていきました。ところが、突然でしょうか、
急に胸がギュッと締め付けられる感覚に陥ったのです。そして「怖い・・」という
気持ちが全身を貫きました。つまりそれは読めば読むほど怖い本だったのです。
真に迫るというのでしょうか、そこに書かれている数珠の言葉は経営の真実であり、
正々堂々と行われた記録であり、著者の全人生を凝縮したものであったのです。
この怖さは今でもハッキリと鮮明に憶えております。『実学』は現在の私にとっても
聖書(バイブル)であり、縁深い人物には贈り物として手渡すこともあります。
ところで、『実学』の中で最も魂を貫いたのは、この言葉でした。
「会社は、決して経営者の私的な利益を追求する道具ではない。
会社の使命は、そこに働く従業員一人一人に物心両面の幸福をもたらすと同時に、
人類、社会の発展に貢献することである。当然、経営者は率先垂範して、
この会社経営の目的を達成するために最大限の努力をしなくてはならない。
透明な経営を実践すれば、この使命達成のためにトップが先頭に立って
奮闘していることが、社員の目からも一目瞭然になってくる。」
中略・・・
「社員が会社全体の状況やめざしている方向と目標、また遭遇している困難な
状況や経営上の課題について知らされていることは、社内のモラルを高めるためにも、
また社員のベクトル(進むべき方向)を合わせていくためにも不可欠なことである。
社員の力が集積されたものが会社の力なのであり、社員の力が結集できなければ、
目標を達成することも、困難を乗り切っていくこともできない。そのためには、
トップに対してだけではなく社員に対しても経営を限りなく透明にすることが
最低限の条件となる。」
如何だろうか。
経営者としては、この言葉を無視できないし、言葉の深さ、真実に魂がふるえるのは
当然のことだろうと思います。私もずっと長い間、「実学」の真実に触れながら、
道を求めるかの如く、追い続けてきた毎日を過ごしました。しかしながら私には
勇気がなかったのか、意気地がないのか、しばらく眠ったまま理解に苦しみました。
経営者よ、道は我が足で踏まねば歩くこともできない。思い悩む時間を、まず
歩き出す時間に代えてみよう。一歩ずつ着実な「歩」を刻んでいこう。その姿勢、
その魂が本物であれば、必ず結果は出る。そして下心なんぞ抱かずに、ただ真っ直ぐ
「まこと」の心1つでやり遂げるのだ。
一念は、困難さえも打ち砕く。二も三も迷うことはない。ただ一念でよい。
一念こそ、人生の道そのものである。私はそう信じてやまない。
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝
25歳のときに再び起業の道を歩き、どうにか現在までに至っております。
21歳、22歳のときなんて「経営」のことを、まともに考えたことはありません。
会社とはお金儲けの場であり、そこのトップたる社長が一番偉くて威張って
当たり前、という幼稚な考えしかなかったのです。
ところが縁あって再び起業の道を歩き出し、しばらくはパートナーと二人三脚で
何とかやってこれたものを1人、2人と社員さんが増えるようになり、これは
個人事業の感覚ではダメだな・・と思うようになりました。とはいえ具体的に
どうすればいいのか、というところまでは考えつくわけもなく、ある意味、
途方に暮れていたというような感じでした。
とある日、書店のビジネス書コーナーで一冊の本を見つけました。タイトルは、
『稲盛和夫の実学 経営と会計』と刻まれています。著者は京セラ創業者の
稲盛和夫氏。ものすごく有名な経営者ですし、盛和塾の塾長として全国の経営者
たちの育成指導にも力を入れておられる非常にアグレッシブな方でもあります。
私は最初、気軽な気持ちで本を手に取りました。ページをめくると、いわゆる正論が
次から次へと書かれています。そりゃそうだ。仰るとおり。それにしても何故、
会計の素人だった著者が会計のプロ相手にそこまで突っ込めるんだろうか?等々・・
勝手なことを思いながらページをめくっていきました。ところが、突然でしょうか、
急に胸がギュッと締め付けられる感覚に陥ったのです。そして「怖い・・」という
気持ちが全身を貫きました。つまりそれは読めば読むほど怖い本だったのです。
真に迫るというのでしょうか、そこに書かれている数珠の言葉は経営の真実であり、
正々堂々と行われた記録であり、著者の全人生を凝縮したものであったのです。
この怖さは今でもハッキリと鮮明に憶えております。『実学』は現在の私にとっても
聖書(バイブル)であり、縁深い人物には贈り物として手渡すこともあります。
ところで、『実学』の中で最も魂を貫いたのは、この言葉でした。
「会社は、決して経営者の私的な利益を追求する道具ではない。
会社の使命は、そこに働く従業員一人一人に物心両面の幸福をもたらすと同時に、
人類、社会の発展に貢献することである。当然、経営者は率先垂範して、
この会社経営の目的を達成するために最大限の努力をしなくてはならない。
透明な経営を実践すれば、この使命達成のためにトップが先頭に立って
奮闘していることが、社員の目からも一目瞭然になってくる。」
中略・・・
「社員が会社全体の状況やめざしている方向と目標、また遭遇している困難な
状況や経営上の課題について知らされていることは、社内のモラルを高めるためにも、
また社員のベクトル(進むべき方向)を合わせていくためにも不可欠なことである。
社員の力が集積されたものが会社の力なのであり、社員の力が結集できなければ、
目標を達成することも、困難を乗り切っていくこともできない。そのためには、
トップに対してだけではなく社員に対しても経営を限りなく透明にすることが
最低限の条件となる。」
如何だろうか。
経営者としては、この言葉を無視できないし、言葉の深さ、真実に魂がふるえるのは
当然のことだろうと思います。私もずっと長い間、「実学」の真実に触れながら、
道を求めるかの如く、追い続けてきた毎日を過ごしました。しかしながら私には
勇気がなかったのか、意気地がないのか、しばらく眠ったまま理解に苦しみました。
経営者よ、道は我が足で踏まねば歩くこともできない。思い悩む時間を、まず
歩き出す時間に代えてみよう。一歩ずつ着実な「歩」を刻んでいこう。その姿勢、
その魂が本物であれば、必ず結果は出る。そして下心なんぞ抱かずに、ただ真っ直ぐ
「まこと」の心1つでやり遂げるのだ。
一念は、困難さえも打ち砕く。二も三も迷うことはない。ただ一念でよい。
一念こそ、人生の道そのものである。私はそう信じてやまない。
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝