「夢中になる」という言葉をよく耳にしますが、今の私はまさにそれ。
四六時中、頭の中は会社のことばかりを考えています。朝起きて会社に
行って仕事して、その帰り道も、家事をするときも、夜寝てるときも
会社のことが頭から離れられません。まるで会社に恋しているかのよう・・
もちろん夢中ということだけあって、夢の中にも会社は登場します。
社員と一緒に働く姿や、取引先さんと話している姿、数字のことや
サービスのこと、ありとあらゆることがリアルに夢の中に現れます。
一番強烈なのは自分が立てた目標に対する達成意欲。これが結構キツい。
自分には嘘つけませんので目標が未達成だったり、いくらか中途半端だと
非常に悔しいわけです。
そういえば営業マン現役の頃もそうでした。自分の立てた目標数値を月の
一週目から二週目あたりで70%達成してないと、焦りと不安ばかりが
胸を締め付けたものです。夜も眠れない、なんて当たり前で、真っ暗闇の
天井をボーッと眺めながら、明日はどう動くべきか、こうすべきか、なんて
考えてばかりいました。
こんな私のことを経営者のある先輩は、
「そういうのを取り越し苦労というんだ。やめなよ。命が縮まるぞ。」
なんて脅して(?)くれたものです。命が縮まったか、否かは今でもよく
わかりませんが、少なくとも「生きてる!」という実感はありましたね。
毎日が非常に忙しくて余裕もないのですが、なぜか本人の心境としては
生命を実感しているというのか、それを楽しんでいる感じだったのです。
こんなことを書くとヘンだと思われるかもしれませんが、今の私には
ストレスというのがありません。さすがに体力的な疲労は否めませんが、
それでも心は燃えているお陰なのか、とても生き生きしているのです。
もちろん不安や心配もないわけじゃありません。経営者としての課題は
以前より重たくなったし、簡単に超えられるほど甘いものでもない。けれど
今さらクヨクヨ、ジメジメ悩んだって仕方ない、という気持ちのほうが大きい。
クヨクヨするくらいなら前を向いて、一歩でも進め!と思うし、ジメジメして
暗くなるくらいなら徹底的に明るく元気に生きてやろう!と思う。
意味あって天から与えられた命です。この命を生かすも殺すもすべて
自分次第だとしたら、その自分を否定するのではなく徹底的に信じて
生き抜く覚悟があったっていい。一生懸命「生きる」ということは、
いつ「お迎え」があっても悔いはない、ということに繋がるのです。
私はよく一日一秒という言葉をブログでも使ってきました。一秒にも
この貴重な命を使っているということになる。つまり一生の一部分に
当たるわけです。
この一生の一部分の積み重ねが人生の結果となる。つまり一秒とて無駄な
時間など存在しないということになります。
最後に、
私の尊敬する西郷南州翁の遺訓から「敬天愛人」をご紹介させて頂きます。
「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、
天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給ふゆえ、
我を愛する心を以て人を愛する也。」
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝
四六時中、頭の中は会社のことばかりを考えています。朝起きて会社に
行って仕事して、その帰り道も、家事をするときも、夜寝てるときも
会社のことが頭から離れられません。まるで会社に恋しているかのよう・・
もちろん夢中ということだけあって、夢の中にも会社は登場します。
社員と一緒に働く姿や、取引先さんと話している姿、数字のことや
サービスのこと、ありとあらゆることがリアルに夢の中に現れます。
一番強烈なのは自分が立てた目標に対する達成意欲。これが結構キツい。
自分には嘘つけませんので目標が未達成だったり、いくらか中途半端だと
非常に悔しいわけです。
そういえば営業マン現役の頃もそうでした。自分の立てた目標数値を月の
一週目から二週目あたりで70%達成してないと、焦りと不安ばかりが
胸を締め付けたものです。夜も眠れない、なんて当たり前で、真っ暗闇の
天井をボーッと眺めながら、明日はどう動くべきか、こうすべきか、なんて
考えてばかりいました。
こんな私のことを経営者のある先輩は、
「そういうのを取り越し苦労というんだ。やめなよ。命が縮まるぞ。」
なんて脅して(?)くれたものです。命が縮まったか、否かは今でもよく
わかりませんが、少なくとも「生きてる!」という実感はありましたね。
毎日が非常に忙しくて余裕もないのですが、なぜか本人の心境としては
生命を実感しているというのか、それを楽しんでいる感じだったのです。
こんなことを書くとヘンだと思われるかもしれませんが、今の私には
ストレスというのがありません。さすがに体力的な疲労は否めませんが、
それでも心は燃えているお陰なのか、とても生き生きしているのです。
もちろん不安や心配もないわけじゃありません。経営者としての課題は
以前より重たくなったし、簡単に超えられるほど甘いものでもない。けれど
今さらクヨクヨ、ジメジメ悩んだって仕方ない、という気持ちのほうが大きい。
クヨクヨするくらいなら前を向いて、一歩でも進め!と思うし、ジメジメして
暗くなるくらいなら徹底的に明るく元気に生きてやろう!と思う。
意味あって天から与えられた命です。この命を生かすも殺すもすべて
自分次第だとしたら、その自分を否定するのではなく徹底的に信じて
生き抜く覚悟があったっていい。一生懸命「生きる」ということは、
いつ「お迎え」があっても悔いはない、ということに繋がるのです。
私はよく一日一秒という言葉をブログでも使ってきました。一秒にも
この貴重な命を使っているということになる。つまり一生の一部分に
当たるわけです。
この一生の一部分の積み重ねが人生の結果となる。つまり一秒とて無駄な
時間など存在しないということになります。
最後に、
私の尊敬する西郷南州翁の遺訓から「敬天愛人」をご紹介させて頂きます。
「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、
天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給ふゆえ、
我を愛する心を以て人を愛する也。」
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝