「自分の考え」
雑踏の中にあっても、自分は自分。どんな場合でも見失ってはいけない。
他人が右に行けば、自分も右に。左に向かえば同じく左に進む。そこに
自分自身の納得があったか、否か。非常に重要な問題であると私は思う。
私は折に触れてよく「自問自答」という言葉を用いるが、これは私たちの
人生において神様から与えられた唯一の特権だと信じている。自問自答とは
言い換えれば「選択と思考の自由」である。私たちの持つ肉体と精神が
現世の活動において大いに機能するよう、必然的に与えられたもの。
ここでいう自問とは誰に対して行うものか?
また、自答は誰が出す回答(決断)なのか?
それはすべて自分自身。もっといえば魂(たましい)と言ってもよい。
世の中にはあらゆる情報と思考と選択肢が広がっている。しかしながら
私たちの人生の時間に対して、そのすべてを選ぶことは不可能だし、
あり得ないことだ。
人生は有限である。限られた時間の中で使命を果たしていかねばならない。
そしてこの「使命」という言葉。読んで字のごとく「使う命」と書く。
命を削るとも、消費するとも言えるだろう。私たちは毎日毎日、命を費やし
ながら生きていることを忘れてならない。その貴重な時間を、自問自答に
充てないで生きるなどと本当に勿体ない話である。
あらゆる課題に対して、的確な解決法を考えつくのは至難の業である。
時に失敗して痛手を被ることもあるし、かえって裏目に出てしまうこともあろう。
それでも私たちは挑戦の手を緩めてはならない。恐れに苦しみながらも
決して未来への希望を捨ててはいけないのだ。
どんな状況下に在ろうとも、その現実から目を背けることなく挑戦する。
他人の思考と選択に100%従うのではなく、必ず自分自身に従うこと。
「自分の考え」というものをしっかり確立し、それを信じて行動すること。
それが非常に重要なことなのである。
経営者の仕事の中で一番難しいのは、「決断」だとか「判断」と言われている。
これ次第で会社は成長もするし、傾きもする。実に大きな責任が伴うし、とても
リスキーなことでもある。しかし経営者はそれ(決断・判断)を避けることは
出来ない。なぜならそれが唯一の、求められる仕事だからである。
日々の中で「自分の考え」というものを常に意識していたい。雑踏に
呑まれて我を見失うことのないよう、しっかり地に足を付けて挑みたい。
もう泣き言を言っている暇などないのだから・・
ありがとうございます。
感謝合掌。
遠藤 潤 拝