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2010年07月07日 水曜日

「志」こそ、情熱の根源なりや


「志」(こころざし)という字に強く惹かれます。政治家、教育者、経営者など
人の上に立つ者は、とくにこの志を忘れてならないと私は思う。言い換えれば
志の無い者は人の上に立つべきではないということになります。

では、この「志」とは一体何か?今日はこのことを存分に論じたいが、まずは
再確認のため、辞書を開いてみましょう。


志(こころざし)とは・・・

「ある方向を目ざす気持ち。心に思い決めた目的や目標。心の持ち方。信念。志操。」
または、 「相手のためを思う気持ち。厚意。」

と、書いてありました。志を持たない人は、何事も小手先でしか対処できないし、
目先のことばかりに心が囚われてしまいます。つまり「小さい器」の人物という
ことになります。そしてこの「小さい器」では、人を導くこともできないし、人物
そのものの魅力を欠いてしまいます。

誰でも自分が一番です。自分大事で自分可愛いと思うのが性(サガ)というもの。
しかし志は、そんな自分をも客観的に捉えてしまう力を持っています。自分大事なら
その自分が存在するこの場(祖国や組織)を最も生かそうと考えるし、それが自然に
行動として表れるものです。だから当然に自分の犠牲を厭わない姿勢が真っ先に出ます。

私はこういう人物が大好きだし、心底から惚れ込んでしまいます。また、こういう
傑出した人物というのは、何も政治家、教育者、経営者だけに存在しているわけでは
なく、大半は一般社会の中にいらっしゃるものです。もっといえば、今はその姿勢が
注目されていないだけかもしれません。それはまるでダイヤモンドの原石のようなもの。

原石は磨くことでダイヤモンドになりますが、私はこの磨くという点に注目したい。
磨くとは、つまり「手塩にかけて育てる」ということ。これが必要なのです。

順番としては、まず原石を「発見する(見い出す)」その次に「伝える(教える)」
そうしながら伝える側(教える側)も伴に「鍛錬し合う」こと。その手順が基本に
なるのだと思う。もちろん第一段階で「発見する(見い出す)」必要があるので、
この時点での失敗は大きい。そう考えますと、発見するにあたっての見極める目が
非常に重要になります。

また、
この見極める目を持つには、当人の信念も余程強くなくてはならないし、すべてに
おいて覚悟が決まっていないと難しいこと。そして万が一失敗したとしても、それを
すべて負うほどの「逃げない自分」を持っていないと、本物の気迫が出てこない。
いわば気迫なしでは原石だって、こちらを見向きもしないでしょう。

志を持つ人物は、同じく志を持つ人間に惚れ込むもの。
要は、すべてが「真剣勝負」ということであります。

ありがとうございます。


感謝合掌。
遠藤 潤 拝

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